どうして町おこし?

にぎやかさは歩き文化が育てる


町おこし意識の根底には「昔に戻りたい」という回帰願望があるわけです。昔は良かったから、良かった経験を持っているから・・・。

昔は、

  1. 買い物は徒歩範囲の商店で買ったし、楽しかった。
  2. 駅前などの商店街は町外の人でもにぎわった。
  3. 子供も家の外にでた(買い物の手伝いもできた
  4. 専業主婦も子供も多かった、などなど

結果として、町ににぎわいがあり、暖かみがあった。みんなそれが懐かしい。

時代とともに意識はかわるもので、特に、ここ数十年は過去にはなかったほど人々の地域意識が変わった時代です。町ににぎわいが無くなって、ゴーストタウンのようになって初めて、問題に気づいた。きっかけはスーパーやらファミレスが郊外にできはじめたことでしょう。これは歩かない文化。問題意識を持っている人達だって、車に乗って、昔かよった魚屋さんを通り越してスーパーに行ってるわけですよ。だって、一回で済んじゃいますからね、買い物が。

歩かない文化の最大の問題は、子供や一部の主婦など車を操れない人は、自主的に参加できないこと。歩かない文化で育ってきた子供は車と大人に依存する性質になってしまう。歩く文化を知るきっかけがない。

町おこしと、商業の再活性化が同意で用いられる傾向がありますが、歩く必要性の中に「買い物」という要素は多くの部分を占めるのは事実ですし、また、ショッピングはエンタテエイメントのひとつでもあります。商業(小売り)は歩く文化に支えられていて、かつ、街の活性の原動力になっているのは紛れもない事実です。

では、どうして歩く文化が廃れたのか?車社会になったからか?いや、違うと思います。昔は、商店と住居地域というのが近接していた、または、通り道に商店街があった。たとえば、都心近くの街には今でも商店街が多く残っています。電車中心の歩く街だからですね。その商店街をぬけた所に住宅があるわけです。

地方では、大規模な住宅開発が行われ、住宅だけの孤立した空間ができてしまったから商業施設まで車という選択肢は欠かせないものになった。通勤も車ですからね。

ただ、30年ほど前に作られた住宅地の中には、旧市街にあったような商店街が一緒に造られたのです。そして、そこそこ繁盛していた。問題はその後、近隣に大規模なスーパーなどが進出するようになってからですね。この時期から、住宅街と商店は点と点との関係になり、以前のような太い線で結ばれた関係から転換したのです。

つまり、点と点の間には楽しめるものが何もないわけです。空虚な空間は車で通りすぎる。これは心理的にも当たり前のことですね。こうした意識の変化が、昔ながらの細長い商店街でのショッピングそのものを葬り去ったのです。

戻る