たたずまいの文化

観光させずに残すべきもの
(ここで紹介する集落に土足で踏み込むのは止めましょう)


土浦はかなりのものが破戒された中途半端な街です。 旧街道の蔵などを復元しはじめたのも最近のことですし、緑の多いわりにそれを活かした政策は皆無です。


人々が心地よく住むには、実は広い道路より落ち着いた佇まいの街が必要なのです。
幸いにも土浦には、一歩はいると秘境のような佇まいをみせる古い集落が点在しています。この集落を辿れば、土浦付近の歴史、地理を理解することができます。

 誰が意識するわけでもなく、自然に守られ、生活の一部として育てられて来たものは貴重な存在です。何のてらいも気負いもない自然体。母の胸に抱かれたような気分、安心感。それが歴史的地域の価値なのです。

 しかし、最近の傾向ですが、歴史的価値、観光的価値の無いもの、言い換えれば人が見に来ないものは全くの無価値であるかのように言われます。逆に拙速に作った温泉や調和のない有名人の記念館のようなものに観光的価値を見いだそうとしたりしています。戦後の粗製濫造日本の哀しさです。京都奈良の古い文化財も、日々の何気ない生活のなかでひっそりと、しかし確実に守られてきたことを忘れてはなりません。生活そのものに文化があるからこそ、美しく残されてきたのです。今は観光に利用されていますが、本来人に見せるために守ってきたものではないのです。

 欧州の農村にもこうした風景が数多く残っています。地域の住民が何の意識もせずに作り上げて来たもの。畑一つにしても農家一つにしても美しい。風景に文化が感じられます。ブームになったプロバンス地方も正にそうで、農家にしてみれば観光を意識して守ってきたわけではないので、実に不本意でしょう。

左・落ち着いた佇まい(真鍋町)

 こういう場所は、人に見せる見せない以前に、大事に守る必要があります。それも金を使って建物を補強するとか、道を作るとかいうのではなく、これまでの生活を維持できる環境を守る、ということです。生活が維持できれば町も、風景も残るのです。
(おわり)