私は学校の時間数が減るのに(現状のままでよい)賛成のひとりです。子供には勉強以外にもっとやることがある、と感じているからです。とくに知性を磨くことです。
後を絶たないゴミの不法投棄やポイ捨て、たばこや携帯電話など、マナーの悪さ、思いやりの欠如、環境破壊、地縁血縁選挙・・・諸外国に比べてかなり低レベルなこの国民性は、学力があがったからと言って、変化するものではありますまい。むしろ、学問という煙幕の影で全くおざなりにしてきた部分であります。それでなくても島国根性のかたまり、外国にいっても対等にやりあえない人間たちはこの学問一辺倒の社会が生み出したものではないでしょうか。
我々日本人に絶対的に欠けているもの、それは良識、知性だと思います。ゴミをすててはいけない、という感覚は美感の問題であり、マナーの問題であり、それを支えているのが知性です。勉強ができれば良識ある人間なのでしょうか?いやいや、全く関係のないことは容易に想像できます。勉強のでき不出来には関わりなく、知性が良識を育てる筈です。
さらに、目的もなく学問を続けさせることが子供達にとって有益でしょうか。学校をでて塗装の仕事をしようという子供に、たとえば因数分解を無理矢理教え込むのが適当なのでしょうか。
私は小学校をでたぐらいから、自分の将来を見据えた学問の仕方が存在していいと思っています。よい職人といわれるような人たちになるには、中学校で無駄な勉強をするより、腕を磨き始めたほうが有益だと思いますし、職人になるならそのための社会的知識を優先させて教えるべきでしょう。
そう考えると、授業時間は最低限で大いに結構でしょう。時間が増えたからと言って、難しい数学の必要性を親も子も感じていなければ、学力は伸びません。貴重な時間に昼寝しているぐらいなら、好きなことをやらせた方が、社会のためにもなるのではないでしょうか。子供達は親も含めて、自分の進路や、能力にあわせた学問の仕方を選べばいいのです。空いた時間に、社会のこと、家族のこと、世界のことに目を向ける、その方が日本はよほど紳士的な国になれるでしょう
ただ、もう一つ言えば、授業時間は子どもより、教師の都合で決まっているのではないか、という点が気になりますが。