リサイクルではなく長持ちする製品を



4月から住宅にもリサイクル法が適用されるときいて喜んでいる人も多いだろう。狭い思いをして面倒なゴミ分別やリサイクルに協力してきたのに、家を建て替える時は環境保護に協力できないばかりか不法投棄の片棒を担ぐという罪悪感から開放されるというものだ。

しかし、ものごとの根本はリサイクル問題ではなく、住宅を始めとするものものの耐用年数の低さである。ヨーロッパではたとえば、モーツアルトの父親の生まれたアパートがいまでもアパートとして利用されているように、日本に比べると信じられないくらいながい間、家やものを使う。石の文化だから、ときってすてるのは簡単だ。

しかし、日本にだって築後数百年の現役寺院は沢山あるのだし、地方にいけば100年200年の現役民家は沢山ある。木だって何百年も持つのだ。ならどうして、20〜30年で家を壊すのか。ここにもお役所仕事の怠慢がみえる。

建築基準法ではコンクリート土台を使わなくてはならない。今のコンクリートは昔のと違い数十年の命だと言われている。どうして自然の石を使ってはいけないのか。住宅金融公庫も耐用年数を25年にしている。それ以上では金を貸さない。つまり、その金額程度のものしか建てられない。最新の設備が欲しくて壊す人もいる。これはいたちごっこだし、生活の知恵が滅びる。

相続税の問題もあるだろう。子孫に資産を残すな、というのがその主旨にも見える。そして人々への「ものはそんなに長持ちしない」という洗脳だ。しっかりしたものは私たちが思っている以上に長持ちするものだ。

今や地球は、1代かぎりの消費社会を許してはくれない。せめて2代3代にわたって使いつづけられる物づくり、使う側の知恵、社会システムが求められている。
話は家だけではない。社会に溢れる安物、粗悪品、そしてゴミ。こんな無駄な消費社会が日本の経済を支えているなら、そんなものは要らない。多少高価にはなろうが、長く大事に使えるもの。子々孫々伝えられるもの。作り売る経済力はこうしたものをメンテナンスする経済力に切り換えていくべきだろう。それが環境問題を根本から解決する筈である。