土浦過去の栄光

★県南1の商都だったけど★


どこの衰退した町でも、復活できない一因に過去の栄光があります。


 茨城県は明治以前、水戸藩など10程度の藩が支配していました。土浦藩は約10万石でしたが、水戸藩に次ぐ規模でした。
廃藩置県直後は、水戸藩を中心とする水戸県と、土浦を中心とする新治県に分かれました。現在に至るまでの県内勢力図はこの際に完成したといえるでしょう。
  1. というわけなので県南と名の付く公的な出先機関はほとんどが土浦にあります。
  2. 車のナンバーも茨城では水戸と土浦です。(つくばナンバーができましたが管轄は土浦)
  3. 人口10万ちょっとなのに映画館が10軒以上ありました。
  4. 北関東一のソープランド街があります。芸者さんもいる料亭街もありました。(土浦は基本的に色町です)
  5. バス会社も3社ありました。今は、統合されて関東鉄道関連のグループになっています。
    ちなみに、茨城県内には営業路線を持っているバス会社は、日立電鉄(日立市)、関東鉄道(土浦市)、茨城交通(水戸市)、茨城オート(水戸市)の4社。
    数年前までそれに、茨城観光、日本観光という2社が土浦にありました。
  6. タクシー会社も多いです。
  7. 筑波銀行という銀行の本店があります。ちなみに水戸市には常陽銀行、水戸信金、茨城銀行の3行がありましたが、茨城銀行は関東ツクバと合併し、土浦に本店をおきました。(が、どうやら本店をつくば市に移す様子)
  8. 路線価は商業地では水戸が一番で、土浦駅前が2番目でしたが、17年につくば市に抜かれました。

という具合に、書いていてなさけなくなるほどですが、土浦はおちぶれていっています。
活気がない、やる気がない、まとはずれ、島国根性などなど。中には問題意識を持って色々企画実行している人々もいますが、細切れの感があります。

 同じ様な街の状態に悩む方々、ご意見をお聞かせ下さい。


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